遺言の基礎
遺言とは?
遺言とは、遺言者の死亡とともに一定の効果を発生させることを目的とする、相手方のない単独行為です。遺言は、遺言者の生前の意思表示に遺言者の死後、効力を生じさせるものです。
つまり、遺言は契約などのように相手方を必要とすることなく、遺言者自身が遺言者自身の意思で法律上の効力を発生させることのできる行為です。「A土地を自分の死後、甲に相続させる」「B銀行の預金は自分の死後、乙に相続させる」など、遺言者が遺言により意思表示を行うことにより、遺言者の死後、原則として、A土地は甲へ、B銀行の預金は乙へ相続されることになります。
遺言は、遺言者の最終意思表示であり、遺言者の最後の意思として信頼され尊重されます。それ故、法律上も厳格な方式が求められます(要式行為)。厳格な様式が法律上要求されることから、法律上の要式(書き方)に合致していない場合、遺言の効力が生じないことがあるため注意が必要です。
また、遺言には遺言能力が必要とされ、法律上遺言のできる年齢を満15歳からと規定されています(民法第961条)
遺言事項
法律上遺言でできる事項が限定されています。
もっとも、遺言は遺言者の最終意思であり、法律上の遺言事項以外のことを記載したとしても、法律上の効力は生じませんが、残された相続人ら家族の遺言者死亡後の生活の励み、無用な争いに伴う親族関係の悪化などを防ぐ効果もあるため、遺言事項以外の自らの思いを正直に書くことを躊躇される必要はありません。むしろ、思いを記載していただくことをお勧めします。
①相続に関する事項
イ、相続人の廃除及び取消し(民法第893条・第894条2項)
ロ、相続分の指定及び指定の委託(民法第902条)
ハ、特別受益者の相続分の指定(民法第903条3項)
二、遺産分割方法の指定及び指定の委託(民法第908条前段)
分割の禁止(民法第908条後段)
共同相続人間の担保責任の指定(民法第914条)
ホ、遺留分減殺方法の指定(民法第1034条)
②相続以外の遺産の処分に関する事項
イ、遺贈(民法第964条)
ロ、財団法人設立のための寄付行為(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第152条2項)
ハ、信託の設定(信託法第2条)
③身分上の事項
イ、認知(民法第781条2項)
ロ、後見人及び後見監督人の指定(民法第839条・第848条)
④遺言の執行に関する事項
イ、遺言執行者の指定及び指定の委託(民法第1006条)
遺言の方式
遺言は、民法に定める方式に従わなければ、これをすることができないとされています。(要式行為)〔民法第960条〕
遺言は要式行為であることから、法律上の要式に反する遺言は効力を生じません。遺言は、生きている場合の処分と異なり、死後に効力を生じます。そのため、その真否や内容について問題になったときに、遺言者に確認することが出来ません。真意を確保するためには、初めから厳格な方式を定めておき、遺言者の真意が正確に表示され、他人がこれを偽造、変造したりできないようにする必要があるからです。
遺言の方式の種類
法律上認められている遺言の方式には以下のものがあります。
①自筆証書遺言〔民法第968条〕
自筆証書遺言については、遺言者がその全文、日付および氏名を自書し、これに印を押さなければなりません。また、自筆証書中の加除その他の変更方法も法律に従ったものでなければなりません。
②公正証書遺言〔民法第969条、民法975条、民法1004条〕
公正証書遺言は、証人2人以上の立会いのもとで、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人が文書にする公正証書です。公正証書遺言は、公証人の面前で作成し、原本が公証役場に保管されるため、偽造、変造の危険がありません。そのため、他の方式では必要となる家庭裁判所の検認も不要です。
なお次の方は証人及び立会人になることができません。
・未成年者
・推定相続人、受遺者及びその配偶者並びに直系血族
・公証人の配偶者、4親等内の親族、書記及び使用人
また、平成元年以降に作成された公正証書遺言は、どこの公証役場でも検索できます(その前は作成した公証役場のみ)。検索ができる方は、遺言者とその代理人、遺言者の死亡後はその相続人、受遺者、遺言執行者等の利害関係人及びその代理人(行政書士等)です。
③秘密証書遺言〔民法第970条〕
秘密証書遺言は、公証人や証人の前に封印した遺言書を提出して、内容を秘密にしつつその存在を明らかにする方式です。
④特別方式〔民法第976条、民法第977条、民法第978条〕
特別方式は、死期が迫っているなど特殊な状況下の例外的な方式です。危急時遺言としては、一般危急時遺言と難船危急時遺言があり、隔絶地遺言としては、伝染病隔離遺言と在船者遺言があります。
遺言の効力
遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生じます。(民法第985条1項)
法律行為は通常その成立の時に効力が発生するのですが、遺言の場合は成立の時ではなく、遺言者の死亡の時としています。これは、遺言が最終の意思表示であるという性質によるものです。
ただし、遺言に停止条件を付した場合において、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は条件が成就した時からその効力を生ずることとなります。(同条2項)
また、遺言は、いつでも遺言の方式に従って撤回することができます。(民法第1022条)
新しい遺言により撤回した場合、撤回しなかった部分については前の遺言も効力を有します。前の遺言が後の遺言と矛盾するときは、その部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなします。遺言者が遺言の内容と矛盾する行為(A不動産を甲に相続させる遺言を残したのち、対象不動産を第三者に売却する等)をした場合も撤回したものとみなします。(民法第1023条)
なお、遺言が方式を欠くとき、遺言者が遺言能力を有しないとき、遺言の内容が法律上許されないときなどは、その遺言は無効となります。
遺言の執行
遺言の執行とは、遺言事項を実現することをいいます。
そして、その準備のために遺言書の検認と開封があります。
遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なくこれを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければなりません。遺言書の保管者がいない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様です。(民法第1004条1項)
これは、裁判所が遺言書の現況を記録して改変を防ぐためです。また、遺言書の存在を相続人などの利害関係人に知らせる目的もあります。それ故に封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いをもってしなければ、これを開封することができません。(同条3項)
遺言執行者
遺言執行者とは、遺言の事項を実現するために特に指定・選任された者をいいます。遺言により指定される場合と利害関係人の請求により家庭裁判所が選任する場合があります。なお、法人は遺言執行者になることができますが、未成年者と破産者は遺言執行者になることができません。(民法第1009条)
(1)遺言執行者の指定
遺言者は遺言で1人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができます。(民法第1006条第1項)
遺言執行者に指定された者は、遺言執行者に就職するか否かは自由ですが、承諾した場合には、直ちに任務を遂行しなければなりません。(民法第1007条)承諾の相手方は相続人ですが、第三者の指定によるときは、その第三者です。
(2)遺言執行者の法的地位
遺言執行者は相続人の代理人とみなされ(民法第1015条)、遺言執行者と相続人との間の法律関係は委任の規定が準用されます。(民法第1012条第2項)しかし、相続人の代理人といっても、遺言執行者は、遺言者の意思を実現するため、場合によっては相続人の利益に反する行為もしなければならないことがあります(例 推定相続人の廃除の請求、相続人に対する処分禁止の仮処分等)。
(3)遺言執行者の権限
遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します。(民法第1012条第1項)
遺言執行者は、遺言の内容にしたがって例えば次のような任務を遂行することになります。
①預貯金の払い戻し、②不動産、株式等の名義変更手続、③生命保険の受取人の変更、④祭祀の主宰者の指定、⑤認知、⑥推定相続人の廃除及び取消し、など
また、遺言執行者が置かれると、相続人は遺言の対象となった相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができません。(民法第1013条)遺言執行者が置かれている場合には、相続人が遺贈の目的物である不動産についてした処分行為は無効となります。遺言が特定財産に関する場合には、その財産についてのみ遺言執行者としての権限を持つことになります。(民法第1014条)
(4)数人の遺言執行者がいる場合
複数の遺言執行者がいる場合に、遺言書に別段の定めがない場合には、保存行為については各自単独で、その他の任務の執行は過半数で決定します。(民法第1017条)
(5)遺言執行者の身分喪失事由
①遺言執行事務が終了したとき。
②遺言執行が不能なとき、又は、不能となったとき。
③解任されたとき。〔民法第1019条第1項〕
④辞任したとき。〔民法第1019条第2項〕
⑤遺言執行者が死亡したとき。
⑥遺言執行者の欠格事由(破産者)に該当したとき。〔民法第1009条〕
遺留分
遺留分とは、被相続人の中の一定の近親者に留保された相続財産の一定割合であり、被相続人の生前処分(贈与)又は死因処分(遺贈)によっても奪うことができないものです。
被相続人は生前贈与や遺言によって自分の財産を自由に処分できますが、全く自由にしてしまうと、本来の相続人に何も残らない場合も生じます。民法では、近親者の相続期待利益を保護し、被相続人死亡後の遺族の生活を保障するために、相続財産の一定割合を一定範囲の遺族のために留保させる制度を設けました。
(1)遺留分権利者〔民法第1028条〕
遺留分が認められる相続人とは、兄弟姉妹を除く法定相続人(=配偶者、子又はその代襲相続人及び直系尊属)です。胎児も生きて生まれたならば子としての遺留分を持ちます。〔民法第886条〕
(2)遺留分の割合〔民法第1028条〕
遺留分の割合は、相続人全員で被相続人財産の2分の1です。ただし、相続人が直系尊属のみの場合は被相続人財産の3分の1となります。これを法定相続分で配分します。また、兄弟姉妹には遺留分はありません。
(3)遺留分算定の基礎となる財産
遺留分は、被相続人が相続開始において有した財産の価額に被相続人が贈与した財産を加えたものから、債務の金額を控除して、これを算定します。〔民法第1029条〕財産の評価について、条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選定した鑑定人の評価に従うことになります。〔民法第1029条〕
遺留分算定の基礎となる財産に加えられる贈与は次のものです。
・相続開始前1年間にした贈与
・1年以前でも、当事者双方が遺留分権利者を害することを知ってした贈与〔民法第1030条〕
・当事者双方が遺留分権利者を害することを知りながら、不相当な対価をもってした有償行為〔民法第1039条〕
・相続人が被相続人から、婚姻、養子縁組、生計の資本として受けた贈与(特別受益)
(4)遺留分減殺請求権の行使
遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈・贈与の減殺を請求することができます。〔民法第1031条〕この権利を遺留分権利者が行使しなければ、その遺贈又は贈与は影響を受けません。
遺留分減殺請求は、遺贈または贈与の効力を否認する旨を受贈者又は受遺者に対し、意思表示すれば効力が生じます。通常は遺留分減殺請求書を受贈者又は受遺者に対し内容証明郵便で通知します。
(5)遺留分減殺の相手方
減殺請求の相手方は、遺贈又は贈与を受けた者及びこれらの包括承継人です。
(6)減殺の順序
減殺されるべき遺贈・贈与が複数あるときは、まず遺贈を減殺し、その後、贈与を減殺することになります。〔民法第1033条〕なお、この順序は強行規定なので、当事者間で別段の意思表示をしても、遺贈からしなければなりません。また、遺贈を減殺して遺留分を保全できれば減殺は贈与には及びません。
遺贈が複数あるときは、遺贈の価額の割合に応じて、減殺することになります。ただし、遺言者が遺言で別段の意思表示をした場合は、これに従います。〔民法第1034条〕
贈与が複数あるときは、後の贈与(贈与者の死亡時にもっとも近い贈与)から順次前の贈与に及びます。〔民法第1035条〕
(7)減殺請求権の時効
減殺請求権は、遺留分権利者が相続の開始及び減殺すべき遺贈又は贈与があったことを知ったときから、1年間これを行使しないと時効によって消滅します。また、知らずに相続開始の時から10年を経過した場合も同様です。〔民法第1042条〕1年は消滅時効、10年は除斥期間と解されています。
(8)遺留分の放棄
相続人は、被相続人の存命中はその相続権を放棄できません。しかし、遺留分の場合は相続開始前でも、予め家庭裁判所の許可を得ればこれを放棄することができます。〔民法第1043条〕なお、共同相続人の1人が遺留分を放棄しても他の共同相続人の遺留分が増えることはありません。